天地明察

天地明察
 あの冲方丁の時代小説。囲碁をもって徳川家に仕える碁打ち衆である安井算哲(渋川春海)が、800年続いてきた中国伝来の暦を変えるという一大事業をなしとげる道程を描いたもので、SF作家らしい、人間の理知と科学への賛歌にあふれた作品だった。
 ライトノベル出身の作家さんが一般書を書いたとき、いつもすごいな、と思うのは、キャラの立て方がむちゃくちゃうまいってこと。登場人物の輪郭がはっきりしていて、アニメのキャラ設定みたいなイメージが、目に浮かんでくる。逆にいえば、そうじゃない作家さんの描く登場人物は、輪郭に幅や、あるいはわざと歪みを持たせて、読者の想像にゆだねている部分があって、そのあたりがいわゆる「登場人物の造詣の深さ」みたいに感じられるっていうこともあるかもしれない。
 会えそうでなかなか会わない関孝和との関係に、「君の名は」…って思ったのは、私だけだろうか。ヒカ碁のアキラが頭に浮かんだ若き日の道策といい、箒を振りまわして二本差しを叱りつける「えん」さんといい、酒井や保科正之などの老練な政治家たちといい、前半部分の登場人物が特に魅力的だったので、終わりの方は少しさびしい感じがしたなあ。
中でも、日本全国の緯度を測る「北極出地」事業の際、春海の上役二人が、老人好きのツボをこれでもかと押してきて、まいった。片や頑固爺、片や好々爺といった第一印象の二人だけれど、北極出地を予測して、その当たり外れに子どもみたいに一喜一憂するのがとてもかわいく思える。常に好奇心や夢を抱いて学問に打ち込む姿は、やや浮世離れしていて、中国の伝説に出てくる寿命を司るという北極老人と南極老人を連想した。
ところで、『ビヨンド・エジソン』に、ウィルス学者甲斐知恵子が海外の研究者たちと共同研究をしていた時、ルイ十四世の時代の日本の統治者のことを聞かれてあわてて日本史などの勉強をしたというエピソードが紹介されていて、ルイ十四世って太陽王…? 日本ていつくらいなんだろう、江戸時代かな? わからん、と思っていたら、ちょうどその時代であることが作中に書かれていて、ドキッとした。江戸時代、もう一度ちゃんと勉強したいなあ。