人くい鬼モーリス

人くい鬼モーリス (ミステリーYA!)
 モーリスってそういう意味か! あとがきから先に読んで、身体が震えた。その一冊だけで様々な論文が書かれているほど大人を、もちろん子どもも魅了し続けている絵本の傑作からうまれた、一匹のふしぎな「かいじゅう」人くい鬼。人くい鬼は、死んだ生き物を観念的に「食べる」ことで死骸を消失させてしまうが、決して自分から死骸を作り出す…つまり生きているものを「殺す」ことはしない。そんな人くい鬼の住む避暑地で、死体が発見され、その死体がなくなるという事件が起きる。警察は、死体が消えたことから犯人を特定しようとするが、モーリスの存在を知っているふたりの少女は、警察とは別の視点から事件を考え直すというミステリー。
 私はミステリーを謎解きとして読むのが苦手で、それは作中の「現実」がどこまで「この現実」と同じか分からない以上、どんなトリックも合理的とは感じられないからなんだけど、かえってこういう、作中に「この現実」とは違う「ルール」がある方が、ミステリーとして合理的だと思える。「生ける屍の死」とか「七回死んだ男」なんかは、心底結末に驚いて、最初から読み直したもんね。著者はそういう特殊状況下でのミステリ「バルーン・タウン」なども手がけているから、とにかくわくわくして読んだ。ただ、この作品のトリックというかミステリ的な「オチ」は、少々拍子抜けと言えなくもない。
 ただし! そんなことがささやかに思えるほど素晴らしいのが、人くい鬼モーリスと芽理沙、信乃との交流の描写。奇妙な愛嬌があり、寂しげな一方で、とても不気味な「人くい鬼」と、彼(彼女?)にシンパシーを寄せる芽理沙との交流が、高校2年生の信乃の視点で描かれている。大人の入り口に立つ信乃と思春期の入り口に立つ芽理沙が、子どもにしか見えないモーリスをめぐって対立したり協力したりする心の葛藤は、いかにもヤングアダルトらしい。

ちょっとだけどうでもいいネタバレ感想→それにしても料理人波野さんの死に意外なほどショックを受けてしまった。なんというか、美味しい料理を作る人が殺されるというのは、あまりに理不尽に思える。

誰かが死んでしまうっていうのは、その人のしていたことがもう、思い出すだけしかできなくなっちゃう。そういうことなんだね