122カッレくんの冒険

カッレくんの冒険 (岩波少年文庫)
 第一部では、宝石泥棒を捕まえたカッレくんですが、こんどは、冒険というには陰惨な本物の殺人事件が起ります。第一部で、「上質なミステリー」と書きましたが、この「殺人」という深刻な犯罪を取扱うにあたって、リンドグレーンはすぐれた児童文学作家としての資質を明瞭に表しました。
 特に「本格」と呼ばれるミステリーに顕著ですが、ミステリーは「人の死」をあまり厳粛には描かない傾向があります。ジャンルの主題が、人命の重さ云々ではなく、謎解きにあるのだから、当然の事なんですが。この辺、私は、昔話の残酷性に通じるものがあるのではないかなあ、と思っています。昔話に出てくる残酷なシーンで、登場人物がまるで紙でできたもののように、痛みや苦しみを感じないのは、主観を交えず様式的に語られるという文芸上の技法によります。ミステリーが扱う「人の死」も、似たような「物語化」が行なわれ、読み手に「死」の残酷さを直接に感じさせない工夫が施されています(残酷描写をショッキングに描くことで陰惨な効果を狙った作品もありますが)。
 ところが、本書で著者は、殺される老人を生前から登場させ、その人柄を浮き彫りにしていきます。高利貸しであったこと、そのため近所の大人からは敬遠されていたこと。その一方で、子どもたちの遊びを見ながら口癖のように「いいんだ、いいんだ、子どもの楽しい遊びなんだ! そうだよ。そうだ」と言っていたこと。ほんの短い記述ですが、この老人の境遇、人生が存在感をもって立ち現れています。そして、老人が刺し殺された後の人々の混乱、なかでも、老人を発見したエミリー・ロッダが受けた衝撃の大きさ、悲しみ、苦しみ、「人の死」の重さをこれでもか、と描き上げていきます。名探偵を自認するカッレくんも、身近な人の死と、友人の苦しみに直面し、「名探偵ごっこ」に興じることをよしとしませんでした。
 さらにリンドグレーンのすごいところは、児童文学者として「人の死」を誠実に描くと同時に、殺人犯を追い詰めるカッレたち少年少女の爽快な活躍にも遺憾なく腕を発揮して、きっちりハラハラドキドキのエンターテイメントに仕上げているところです。
 一番初めに「長くつしたのピッピ」を読んだときには、この作者の引き出しの多さと豊かさと文章の上手さにここまで感動するようになるとは思っていませんでした。3部作の中では、これが一番好きです。エミリー・ロッダがかっこかわいすぎ。
 解説は、作家の松原秀行。