五月花形歌舞伎「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」 御園座 その2

 
「夏祭浪花鑑」 序幕 住吉鳥居前の場 二幕目 難波三婦内の場 大詰 長町裏の場
 序幕は、侠客達の粋で爽やかなやり取りと、大阪らしい笑いを楽しむ明るい場面。それが、大詰では、陰惨な殺しの場面に一転します。いやー、義平次にひと太刀浴びせてから、止めさすまで長いな! 最初はもみ合ったはずみで、つい、なんだけど、義平次が池に落ちて泥まみれのボロ雑巾のようになってからは、あれは、団七は、義平次が憎くて、というより、幽霊のように執拗にすがりついてくる義平次が怖くて刀を振るってたんだと思う。ヒーローであるはずの団七が、死体を始末した後、手が震えて刀を鞘に納められないところなど、ものすごく惨めでみっともないです。「殺し」という罪を犯した団七を美化せずに、しかし場面そのものは演劇として高度に様式化して、見ごたえのある名場面に仕立てたこの演出はすごい。
最後、夏祭の雑踏にまぎれて逃げていく団七だけど、このまま無事に逃げおおせるとは思えない。やがてつかまって、今度こそ獄門にかけられる運命が待ち構えているんだろう。父であり祖父である人を殺してしまったからには、女房、子どもには、もう顔向けできないだろうし、死の間際の義平次の顔を、団七は絶対に忘れることもできない。逃げ切るにしても、捕まるにしても、悲惨な末路しかないことが想定されて、ぞーっとさせられる。
ところで、殺される舅の義平次は強欲な男と書かれていますが、100両貰えるところを、婿の30両で我慢してやろうというところなど、小悪党でどこか憎めません。一方で、主人公の団七は、ウソをついて舅を騙すなど、完全な善ではない。義平次が殺されても当然、というふうには思えなかったですね。だから、上記のように団七の運命について悲観的なのかも。
あと、騒動の発端になる磯之丞は、あまりにヘタレ過ぎだろう! 道具屋の娘と心中事件て、アホすぎて、腰が抜けた。徳兵衛も団七も、磯之丞の父親に恩義があるからって、こんなバカ息子の為に、いろいろ骨折ってすごく理不尽だ…。
なんだかどうしよーもない男ども(徳兵衛と、三婦はそこまでひどくない)に比べて、侠客の妻であるお梶、お辰、おつぎは、目覚ましいねえ。男どもの喧嘩をがっちり治めるお梶、侠気のために自分の美しい顔にわざと傷をつけるお辰は、もちろん文句なく恰好いいんだけど、若い女にヤキモチ焼いたり、元の侠客に戻った亭主に惚れなおしたりするおつぎさんが、私は好きだ。

「蜘蛛絲梓弦」
 能や文楽でもよく演じられる「土蜘蛛」退治のストーリー。さまざまな姿に化けて、源頼光を悩ませにやってくる妖怪、土蜘蛛を亀治郎さんが演じる。亀治郎さんのずば抜けた演技力とか、技術とか、これでもか! と発揮される一大エンターテイメントであまりのすごさに、終始身を乗り出して見てしまった。妖怪なんで、いろんなところから出てきたり、消えたりするんだけど、ほんとに身軽で、ビックリするような所から、「え? いつの間に舞台に!?」という早業で、まさに神出鬼没。
 最初に出てきた女童は、宿居の貞光や金時に比べると、ほんとに小柄で可憐なのだけど、すらりと背の高い傾城などもつとめる亀治郎さんが、どうしてそんなに小さく見えるかと言うと、ずーっとひざを曲げているからだ。その姿勢で、ひらひらと体重が無いみたいにして動き回んだよなー、びっくり。
 一番驚いたのは、文楽女形特有の見栄の切り方があって、こう、ぐっと背中をのけぞる(三浦しをんは「イナバウアーみたいに」と言っている)んだけど、これは生身の人間にはできない、とか思ってたのに、亀治郎さんがやすやすとやってのけたこと! しかも、イナバウアーしながら、するん、と身体の向きを変えて見せた(ように見えた)んで、ほんとにこれは、思わず「えっ?」って声をあげちゃった。女郎蜘蛛の精になってからなんか、階段の上で後ろ向きになって、イナバウアーしながら自分の座っている段より下にまで頭を下げてて、本当に人間に見えなかった。
 女郎蜘蛛の精の所では、眷属の仔蜘蛛が、女郎蜘蛛を取り囲んで、放射線状に足を出すところ、すっごく、化け蜘蛛っぽくて、かっこいい見せ方だなーと思った。
 あと、気にしちゃいけないんだろうけど、小道具や、女郎蜘蛛が登場するたびに投げる蜘蛛の糸をせっせと回収して回る紋付き袴の「黒子」さん達が、健気でなんだか可愛かったなー(*^o^*)。

 生身の人間の迫力に圧倒された歌舞伎でした。