シャーロック・ホームズ最後の解決

シャーロック・ホームズ最後の解決 (新潮文庫)
 この作品に「シャーロック・ホームズ」という名前の人物は登場しない。彼はただ「老人」とだけ紹介される。物語は、表紙に描かれているように、ヒナギクの花を持ち、オウムを肩に乗せた青白い顔の少年が、線路で老人と出会う場面から物語は始まる。登場人物が皆それぞれに何か大切なものを失っていて、事件が解決した後も、ほろ苦い読後感だった。
 ホームズのパスティーシュをそんなに多く読んでいるわけではないが、登場する老人が、如何にも「あの」ホームズが老いたらこうもなろうという姿に描かれていて、不思議な感動を覚える。動かぬ身体と拡散する集中力に鞭打って捜査をする彼の姿には、本人が恐れているように老残の身をさらしているというみじめさはなかった。「手がかりを求め、虚空に手を伸ばしながら死ねれば本望」と望む不屈の精神に、かつてと変わらぬ誇り高き名探偵の矜持を感じ、畏怖の念に打たれたのだ。