ラピスラズリ

ラピスラズリ
「銅版」「閑日」「竈の秋」「トビアス」「青金石」
 「冬眠者」っていえば、どうしたって「ムーミン」だろ! ということで、山尾悠子の作品世界にはまったくそぐわない初代「たのしいムーミン一家」のオープニングがエンドレスリピートを始めて、ものすごく困りました。読み進めば、硬質の文章が紡ぎ出す幻想世界にひたれるかもという期待も虚しく、「閑日」で冬眠者たちの生態(?)が判明するにつれて、ますます「ムーミン」のイメージそのものとなってしまった時点で、忘れることは諦めました。アニメの替わりに、トーベ・ヤンソンの挿絵でイメージするよう軌道修正したところ、ヤンソンの陰鬱なペン画は、落葉の終わりの季節、深々と雪の降り積む冬枯れの館を舞台とした喜悲劇に意外なほどぴったりとはまったのでした。ほのかに発光するゴーストや、気むずかしい少女、気の弱い使用人などの登場人物も、ヤンソンの描いた様々な生き物の絵柄で動き出します。
 とはいっても、複合多視点の「竈の冬」は、何がどうなっているのか、疱瘡神の来訪を受けた館内のごとく混乱してしまい、きちんと物語を理解できたとは言い切れません。しかし、比類なく美しい装丁(箱だけでなく、パラフィン紙に包まれた布張りの表装も)とあいまって、極上の読書時間を過ごせました。

 読了後、著者インタビューを読んだところ、本当にヤンソンのイメージだったようです。「閑日」が『ムーミン谷の冬』を彷彿とさせたのも宜なるかな。それにしても、冬眠するものからここまでの物語を紡ぎ出す実力には圧倒されました。