平成21年4月文楽公演 「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」「通し狂言義経千本桜(とおしきょうげんよしつねせんぼんざくら) 国立文楽劇場

 初の通し狂言でした。
張り切って10時開店の高島屋でお弁当を買って、いそいそと国立文楽劇場へ。そういう人が多いのか、弁当売り場では売り子さんが「観劇のお供にいかがですかー」という売り方をしています。10時半開場に余裕で間に合い、いよいよ11時に開演。「寿式三番叟」後の20分の休憩時間にお弁当を食べました。公演中以外は座席で食事もOKなのです。天むす弁当おいしかった。「義経千本桜」の初段と二段目は間に短い休憩を挟みつつ、午後3時ごろ終了。チケットは通しで買っても、座席を入れ替えるので、いったんロビーに出ないといけません。ちょっとお菓子をつまんでから、新しい席にスタンバイ。第2部は午後4時開始で終了は午後9時過ぎでした。
 休憩があるといっても、10時間! しかし、思ったよりも寝なかったし、しんどくありませんでした。1部も2部も左側の席だったので、一方方向だけ眺めて首が痛くはなりましたが…。なにより、すべて通して見たおかげで、物語の伏線がきっちり拾えて、理解できたのがよかったです。見せ場だけを演じる「見取」だと、この人誰ー? とか、その首どっから出てきた!? と、あらすじを読んでいても唐突に思われるところがあるんですが、今回それがありませんでした。逆に、文楽の物語って、こんなに丁寧に伏線をはってあったんだ、ということが分かって目からウロコでした。これからも、「通し」があったら、絶対に見に行くと思います。おもしろかった!

 「寿式三番叟」は、ほとんど寝てしまったので、大丈夫かなーと思ったのですが、「義経千本桜」は半分以上起きていられました。
 「堀川御所の段」
義経謀反の疑いを晴らすため、平家の養女である義経正室卿の君が自害します。介錯をする川越太郎秀頼は、卿の君の実の父親。義経を救うために、涙を呑んで娘に刀を突きつけるときの台詞が「赤の他人の某が介錯して進ぜう」。わざわざ「他人」であることを強調する胸の内が切ないです。卿の君が今生のなごりに父親に「とてものことにたった一言」と願うも「親子の名乗りは未来で」とふりすて、お互いに「さらば」と別れるシーンが泣けました。
 むごい親子の別れの場面ですが、義経に「無分別の弁慶」と言われる武蔵坊弁慶がコミカルな役でなごませてくれます。まあ、この弁慶が使者を斬ってしまったせいで、せっかくの卿の君の死も無駄になるのですが…。
 「伏見稲荷の段」
 落ち延びる義経一行に静御前が追いつきます。「二里三里遅れうとも追いつくは女の念力」という執念深さを見せてぞっとさせますが、この度は男がヒドイ。義経は静に敵の様子を見に行かせた隙に、彼女を置いて逃げてしまったのでした。こんな薄情な男のどこがいいのか、連れて行けとせがむ静を、義経の部下駿河二郎は初音の鼓の紐で木にくくりつけてしまいます。ちょーっと待ったー! いつ追っ手が来るか分からないところに縛って棄てていくってどうなの! とますます義経の白状ッぷりに腹を立てていたら、案の定静は追っ手に捕まりかけます。そこに颯爽と現れるのが、義経の部下忠信です。実はこの忠信の正体は、初音の鼓にはられた狐の皮を親と慕う狐なんですね。この狐が可愛いんだー。静を救った忠信に、隠れてみていた(おいぃっ!)義経が現れ、静と初音の鼓の警護を託します。ほんと、この義経って嫌な男だよな…。
 「渡海屋・大物浦の段」
 義経一行は、船宿・渡海屋に潜んでいます。実はこの渡海屋、平知盛が、典侍の局を妻、安徳天皇を娘と偽って、源氏を討たんと身を潜めていたところなのでした。前半は、ほとんどブラックアウトしていて、追い詰められた典侍の局が、安徳天皇を抱いて入水するシーンで目が覚めました。ここは、先週行った三浦しをん・鶴澤燕三トーク文楽ばんざい」で、言及されていたシーンではありませんか。幼い安徳天皇の無邪気さが、本歌の「平家物語」と同じく哀れです。冒頭、ちょっとだけ起きていた頃、弁慶がこの船宿の娘お安をまたごうとすると足がすくむというのも、お安が一天万乗の帝だという伏線だったんですね。このあたり芸が細かいです。安徳天皇は、義経が保護することで一件落着、しかし、典侍の局と知盛は非業の死を遂げます。文楽の登場人物は、死に臨むと饒舌になるのですが、勇壮な知盛の独白を聞いていたら、「外戚の望みあるによって姫宮を御男宮と言いふらし…」。ちょーっとまったー! 今さらっとすごいこと言いませんでしたか。安徳天皇って元から女の子だったの!? しかし、びっくりしている視聴者を置き去りに、このすごい設定は何事もなかったかのようにスルーされたのでした。
 「椎の木の段」
 平惟盛の正室若葉の内侍と若君は、小金吾に守られて、惟盛が身を潜めるという高野を目指しています。そこでいがみの権太に、金をだまし取られます。ここは、いがみの権太の小悪党っぷりと、意外と家族を大事にする所をきっちり見せて、のちの物語につなげます。全段ちゃんと起きていました。
 「小金吾討死の段」
 小金吾が、源氏の追っ手に討たれます。そこに通りがかったいがみの権太の父親すしや弥左衛門は、小金吾の遺体を見てなにやら思案しますが…。これも、後の段の重要な伏線となります。
 「すしやの段」
 高野に身を潜めていたと思われた惟盛は、実はすしや弥左衛門に匿われていました。弥左衛門は、目くらましに娘の里と惟盛を結婚させようとし、里もそれを楽しみにしていましたが、そこに若葉の内侍と若君が尋ねてきます。この前半部分は爆睡。身分違いの恋だったと知った里の嘆きが見せ場だそうですが、ぜんっぜん覚えておりません。賞金のかかった惟盛家族を捕まえようと、いがみの権太がやってくるところで目が覚めました。いがみの権太は、惟盛の首と、若葉の内侍と若君を役人に引き渡しますが、実はそれらは、父親の弥左衛門が準備しておいた小金吾の首と、自分自身の妻子だったのでした。しかし、そのことを知らなかった父弥左衛門に刺されて、死んでしまいます。そして、ここでも義経同様、惟盛はぼーっとしていて何にもしないただの美青年です。いきいきとドラマを繰り広げる平民や女性、子どもに比べて、英雄と呼ばれる人々はまったく精彩がありませんね。
 「道行初音旅」
 天王寺で一度見たことがあります。桜の盛りの吉野で、静御前と狐忠信が舞を舞う華やかな段です。でも話が進むわけではないので、眠い…。狐忠信が可愛いので、がんばって目を開けようとは努力してみました。
 「河連法眼館の段」
 静御前は、吉野に潜んでいた義経一行に会いに行きます。しかし、そこに本物の忠信が尋ねてきたことで、狐忠信の正体が明らかになってしまいます。親孝行がしたくて、初音の鼓とそれを持っている静御前を慕ってまつわりついていた狐忠信の妖しさが登場人物にはっきりと分かるところが見所でした。狐忠信には、鼓の音が親狐の声に聞こえるのですが、親狐に諭されて去ろうとする狐忠信の独白がいじらしいです。その有り様にうたれた義経は、初音の鼓を狐忠信に与えます。義経、初めていいことした!