人魚は空へ還る

人魚は空に還る (ミステリ・フロンティア)
 表紙を飾る下村冨美のイラストと中身の雰囲気がよくあってました。雑誌記者里見高広と人気絵師有村礼が明治の東京に起こるささやかな事件を解決する帝都探偵物です。
 母親に捨てられた子や、美しさのために手段を選ばない女性、自分を省みなかった夫に復讐する妻など、人の心の暗い部分が垣間見え、ひやりとする場面はありますが、総じて優しい、あたたかい雰囲気でまとめられています。それは、「美しいもの」への信頼が作品の根底にあるからかと感じました。「美しいもの」―それは、美術品だったり、宝石だったり、小説だったりしますが―は、なんの役にも立たないけれど、触れるひとの心を明るくし、生きることはよいことだと勇気づけるものである、というテーマが繰り返して描かれます。作者には、そのテーマに対する信念というほどの自信はないのでしょうが、「信じたい」という強い思いと祈りが作中から感じられました。その「信じたい」という思いもまた、「美しいもの」のように私には思えます。
 最後の短編「怪盗ロータス」は、短編にはおさまりきらない設定なので、できればこのアイデア一つで長編を書けばよかったのに。

「ふ。僕に似ているとは、この子の母親は類い希な美女と見える」