平成20年11月文楽公演 第2部「靱猿(うつぼざる)」「恋娘昔八丈(こいむすめむかしはちじょう)城木屋の段 鈴ヶ森の段」吉田清之助改め五世豊松清十郎襲名披露口上「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)十種香の段 奥庭狐火の段」 国立文楽劇場

 猿や狐が出てきて動物まつりな演目でした。
 「靱猿」は大変理不尽なお話でした。天気がいいのでおさんぽに出かけた大名が、その辺を流していた猿回しの猿を見て「あ、あれ壊れちゃった矢筒の革にちょうどいんじゃね」と言い出したので、猿回しが猿を泣く泣く打ち殺す、という筋です。お祝いムードの演目なので、ハッピーエンドで終わるんですが、その時の大名の台詞がいただけない。お大名は、猿回しが振り上げた棒で芸をはじめた猿に心を打たれて「命を助けた」と許してあげるんですが、「助けた」じゃないよ! あんたがいらんことを言い出さなきゃすんだ話だ。と大変納得いきませんでした。これは、あれか、この時代のお大名は「俺のものは俺のもの、領内のものは俺のもの」って思考なのかな。
 「城木屋の段」は寝てました(「靱猿」も一部熟睡)。えーと、どんな話だったっけ。たぶん左前の家のために金持ちのいけ好かない男の結婚させられそうになった娘が、婿を毒殺する話でした。「結婚したくない…」という娘に、「イェイ! それじゃあいっちょ毒薬買ってくるからのましちゃえよ。そんで僕と駆け落ちしよう」と早合点する軽薄な男が面白かったな(娘には他に好きな人がいます)。「鈴ヶ森の段」で目を覚ましたのは、死に装束の上に黄八丈(晴れ着)を着て縛られた娘の姿が、今までの単なる町娘の様子より色気5割増しだったせいだと思います。娘が殺人者として処刑される親の愁嘆場、娘との別れのシーンも鬼気迫る感じで見応えありました。
 襲名披露は、紋付き裃のお歴々が、舞台にずらりと並び、「願い上げ奉ります」などと時代劇でしか聞いたことのないような口上で客席(つまり私たち)にご挨拶されて、なんというか面はゆい気持ちになりました。文楽初心者なので、どのくらいめでたいものなのか分かりませんが、文楽の関係者は、子どもの頃から師匠や同門の間で芸を磨いて精進しているのだな、ということが垣間見えました。
 「十種香の段」は珍しい舞台で向かって右にある部屋には、勝頼の身代わりで死んだ蓑作を弔う濡衣、まん中には蓑作に身をやつした勝頼、左には勝頼は死んだと聞かされて悲嘆に暮れる八重垣姫が、それぞれドラマを進めていきます。この後、この場を盗み聞きしていた謙信に蓑助の正体はばれて、濡衣は引っ立てられ、勝頼は刺客を差し向けられるわけですが、これって、八重垣姫が蓑作に正体を自分に話すよう迫らなければふたりとも無事だったのでは…と思わざるを得ません。恋する女のパワーは理不尽です。そして、謙信に引っ立てられた濡衣のその後がとても気になります。名前が悪いよね、濡衣。不吉だし、エ○いし。
 「奥庭狐火の段」は、あの有名な「ああ、翅(つばさ)が欲しい、羽が欲しい。飛んでいきたい。知らせたい。逢いたい。見たい。」の口説きがあります。波津彬子さんの「鏡花夢幻」で使われてました。兜の白い房飾りは、狐の尾を表しているんでしょうね。八重垣姫が持って振り回すと、白い狐が踊り狂っているように見えます。兜を持った八重垣姫は、着衣も白の狐火模様にかわり、手を細かく動かして狐に憑依されたことを表しています。このあたりは、さすがに異様な雰囲気になって楽しかったです。しかし、実は、座る姿勢が悪かったらしく、この頃になると身体のあちこちが痛くて、あまり集中できていませんでした。ぐはあ、もったいない!