川瀬巴水展 姫路市立美術館

 なんでこの版画家を知っていたのかは思い出せませんが、とにかく展覧会があると聞いて行かなくては! とはりきって姫路まで行って参りました。しかも、前期と後期で作品を総入れ替えするので、2週続けて。行った甲斐がありました…!
 川瀬巴水は、明治16(1883)年に東京に生まれ、昭和32(1957)年に没した版画家です。旅情の風景画家として活躍しましたが、雨天や曇天などの悪天候や、なんでもない道ばたの風景をも叙情豊かに描いたことで、高い評価を得ています。
 生の作品ははじめてみましたが、眺めていると、その場の空気の色…温度や湿度、吹く風すら感じられるようで、一点一点すいこまれるように見入ってしまいました。なんの説明がなくても、いつの季節の、何時頃で、どんな天気かがわかるというので、蟲師のアニメを思い出しました。
 特に浮世絵の流れをくむコバルトブルーと、作品に豊かな表情を与えるグレーの色彩が見事でした。吹雪の白と湾の青の対比の鮮やかさ。薄曇りの温泉宿の物憂い雰囲気。暗闇の中、降りしきる雨に滲む家の灯りや、雨上がりの水たまりにうつり込む風景など、これが版画なのかと驚くほど繊細でした。
 巴水の生きた時代も、また魅力的です。大正時代から版画家として活動を始めた巴水の作品には、それまで日本人が経験したことのないほど急激に変化していく中で、画家の心をとらえた風景が描き出されています。そこには、レインコートの男性の横で、和傘を差し日本髪を結った女性が道を急いでいるというように、近世と近代が交錯しています。ほんの少し手を伸ばせば届きそうだけれども、もう決して戻っては来ない日本の風景の一瞬を閉じこめてあるところに、限りないドラマを感じます。
 作品の中の空気は生きて動いているけれども、作品そのものは100年後も不変に当時の空気を伝えています。一瞬と永遠を両立させることが「美」というものではないかと考えさせられました。

 巴水の版画ができあがる過程の記録映画を上映していたのですが、昭和31年収録(完成は没後)で、カラー映像でした。日本でのカラーテレビの本放送開始が1960年(Wikk調べ)だそうなので、ギリギリカラーで残すのに間に合ったということでしょうか。展覧会での映像上映はよくありますが、たいてい10分程度なのに、これは43分という長い映像で、時間の流れる速度の変化を感じました。モータリゼーションが発達し江戸どころか近代さえ姿を消そうとしていた時代ですが、それでも今に比べれば流れる空気はゆったりしています。巴水本人によるナレーションもいい。彫り師が仕事を終えるたびに「お疲れ様、まあいっぱいどうぞ」という労りの言葉が入ってなごみました。