朝びらき丸、東の海へ

朝びらき丸東の海へ―ナルニア国ものがたり〈3〉 (岩波少年文庫)
 中盤過ぎるまで、アスラン出張り過ぎじゃないんか? とか、航海もののイベントを着々とこなしてるなーとか、ややナナメに見ていたのですが、ルーシィが海の少女と邂逅するシーンで鳥肌が立ちました。 凪いだ海を疾走する船から、鏡のような海を隔てて瞳を見交わす二人の少女、という1ページにも満たないこの一瞬のためだけにこの作品があるのではないかと思えるほどです。
 「ナルニア」という物語全体から見れば、不必要とも言えるエピソードでしょう。まだ全巻読み終えていないので、今後この海の民が物語にからんでくるかどうか、私は知らないのですが、ない方がよいようにすら思います。なんていうか、人と人とが分かり合う、つながり合うのに、言葉や、時間すら不要なことがあるという夢みたいな真実が、この一瞬にこめられているように思えるからです。これは、例えば私たちが、地上から飛行船に乗った人を見る、というよりも、もっと隔たっているんですよね。空は、地上と空気でつながっていて、まだ「こちらの世界」の延長線上にあります。しかし、海の中では私たちは息ができません。そこは絶対的に隔てられた「あちらの世界」です。それほどの隔たりがあるから、なおのこと、この一瞬の邂逅が尊いもののように感じます。本を読んで、これほど感動したのは久々でした。
 ルーシィが騎士リーピチープ卿を抱きしめるシーンは、陽子と楽俊のイメージがどうしても頭にあったので、意外すぎて驚きました。まさかこんな場面だったとは。リーピチープ卿の無謀ともいえる冒険心には、わたしもドリニアン卿と同じようにやっかいなやつ、と思っていたのですが、いっそここまで貫けば参りましたというしかありません。このあまりに神々しくてこわいくらいな蓮の海の風景が、強く印象に残ります。