トレマリスの歌術師1万歌の歌い手

トレマリスの歌術師〈1〉万歌の歌い手

 浅羽莢子氏が最後に手がけた翻訳で、表紙が萩尾望都ということで、気になっていました。歌が魔術とされる世界で、閉ざされた女性優位の母国から、飛び出した主人公が世界を旅するお話です。ハイファンタジーの醍醐味として、こことは別の世界の風景を見、生活する楽しみがあると思うんですが、この作品は風景描写が素晴らしく、独特の作品世界を構築していました。
 登場人物も十分魅力的で、歌術が主人公の少女カルヴィンの国以外では、異端とされいる設定がよく生きています。主人公たちは、8種類ある歌術すべてを修めて世界を支配しようとする男に立ち向かうために、わずかに残された歌い手を探す旅に出ます。少しずつ仲間を見つけていきますが、彼らは抑圧されているためにそれぞれに傷を負っていて、それが仲間との不和を招いたり、絆を生み出すドラマを作っていきます。風の歌い手の幼い少女ミカと、兄を亡くした船乗りトンノは、親子のような絆を育んでいくのではないかと思っているのですが…。魔法を信じない機械いじりの好きな少年トラウトは、ちょっとトリッキーなキャラクターで、この子の設定もうまい。今後も大活躍してくれることを期待しています。
 余談ですが次回予告でネタバレするのはどうかと思いました。いっそあらすじなくてよかったのに…。

「…そして最後に私たちの業、<氷の力>、われらが女神様の力がある。氷と雪と凍結と、冷たきものすべてを司る。これはまた暗きものすべてを治める。つまり影と夜、深き洞窟の中や星々のあいだに横たわる闇を。すべて死せるものを」