ケータイ小説がウケる理由

ケータイ小説がウケる理由 (マイコミ新書)
 毎日新聞SLAが行っている学校読書調査では、女子中高生が読んだ本トップ10のほとんどをケータイ小説が占めています。巷間に流布するアレルギー反応的批判は感情論で、どうしてケータイ小説がこんなに人気があるのかという私の疑問には応えてくれないので、ちょっとまとまったものを読んでみることにしました。
 『なぜケータイ小説は売れるのか』(以下「なぜ〜」)の著者は、ライトノベル作家で40代の男性、『ケータイ小説がウケる理由』(以下「理由」)の著者は、モバイル系の企業で働いている(たぶん30代)の女性です。

 私としては、「理由」の方がおもしろかったです。著者は、ケータイ小説に親和的で、かつマーケティングの視点を持っているということで、私とは寄って立つところが全く違うゆえに、今まで見えなかったいろいろなことが腑に落ちました。
 まず、ケータイ小説は、書籍として読むものではないということ。書籍の購買層は、すでに携帯電話を通しての作品のファンであり、ファンアイテムの一種としてとらえた方がよいようです。短い文章や、無駄とも思える余白、ほとんど台詞と心情描写のみの内容は、ケータイ電話の小さい画面をスクロールしながら読むための文体なのだとか。稚拙であることは確かですが、読みにくいのはリテラシーの問題である(まず、小説を横書きで読むという壁が越えられない)のは納得できます。まあ、リテラシーの壁が越えられても、そもそもお涙ちょうだいの恋愛ものを読まないので、たとえ小説のレベルをクリアしたとしても、越えられないレーベルの壁があるのですが。
 ふたつめ、中高生の世界では、パソコンよりも携帯電話の方が身近な情報端末だということ。いわれてみればその通りで、最近の携帯電話は、パソコンのwebページもかなり見られるようになってますし、お金や場所をとってしまうパソコンより、携帯電話ですべてを済ませてしまうのは、ある意味当たり前です。だとしたら、今後中高生にむけて情報を発信したい時には、パソコンにサイトを作るのではなく、モバイルでページを作った方が訴えられるのかもしれません。ケータイ小説が売れて、パソコン小説が出てこない理由については、「なぜ〜」の方で考察されていたのがおもしろかったです。あ、でも、パソコンからは、コミックスの書籍化がありますね。これは、漫画の画面を見るのには、パソコンの方が向いているからでしょう。
 みっつめ、今まで本を読んだことのなかった女子中学生がケータイ小説を読んだのは、リアルタイムで感想を書き込んだりして双方向にコミュニケーションしながら読めるスタイルがあったからということ。メール・コミュニケーションの延長線上にある、ライブ感が女子中学生の心をとらえたようです。取り上げられる題材も、恋愛や性的な逸脱、人の死など、10代の女性が興味を持つもので、中学校の教室での女の子たちのおしゃべりもそんな感じだったなあ、と懐かしく思い出しました。あと、もう一つ連想したのが、書き手と読み手の距離が近いという意味での同人誌です。それなら、内容が稚拙でも、夢中になれる感覚はなんとなく分かる(笑)。そして、書籍化されたケータイ小説に違和感を感じた理由も分かりました。本来ISBNがつくはずもない同人誌に、ISBNがついているから、変な感じがするわけです。
 あと、「理由」には、ケータイ電話の作者、読者、モバイルサイトの運営会社へのインタビュー記事があるのですが、そこで、ケータイ電話の読者である女子高生のが「マンガはあまり読まない、ケータイ小説の方が、文字だけでいろいろ想像できるからいい」と答えていたのが印象的でした。

「なぜ〜」の方は、文学的にケータイ小説を分析しているのですが、ちょっと上から目線なところが痛かったです。ケータイ小説に批判的な言説のひとつに、「こんなものしか売れないようになって、小説の未来はもうないのかと暗い気分になる」というのがあります。しかし、私は、純文学を読んでいる人が大衆小説を読む人をバカにし、大衆小説を読む人がライトノベル読者をバカにし、ライトノベル読者がケータイ小説を読む女子中高生をバカにするという、差別ピラミッドの構造の方が、よほど暗澹たる気分にさせられました。本を読むことは、自分を癒し、現実を見直すための非常にパーソナルな行動のはずなのに、ね…。
この新書は2008年2月に出版されたのですが、今現在すでにケータイ小説のあり方は変わってきているということにも驚きました。素人が、自分の体験を元に書く恋愛小説だけでなく、プロを目指す作家がホラーなどのジャンル小説なども出現しつつあるとか。裾野が広がったのか、携帯電話で読む小説にビジネス界や文学界が介入してきているのかは分りませんが。そして、そういう新しいケータイ小説が、「自分たちにも読める物語」として『恋空』(ケータイ小説の代表的な作品)に共感・熱狂した女子中高生を取り込めるかどうかは、また別の話になるのでしょう。