天国旅行

天国旅行
「森の奥」「遺言」「初盆の客」「君は夜」「炎」「星屑ドライブ」「SINK」
 「心中」をテーマにした短編集ですが、普通の意味での心中事件はひとつもありません。『あやつられ文楽鑑賞』で苦手だと言っていた「心中もの」に作家として向き合ったのでしょうが、いわゆる男女の「心中」からはちょっとはずしているところがこの作者らしいと思います。
 一番「心中」に近く見えるのは「君は夜」ですが、主人公の前世はホントに心中だったのか、実は心中を持ちかけるふりをして男が女を殺しただけなんじゃないのか、という疑いが濃厚なので、実は「星屑ドライブ」のほうが、愛し合う男女が「ずっと一緒にいるための手段」として選択する「心中」という意味で近いんじゃないのかと思ったり。う〜ん、どうも私が考える男女の「心中」というのは、形態よりもそこに行くまでのふたりの心の動きが重要なんだな、ということがこの作品を読んでわかりました。
 私が一番好きなのはもちろん「遺言」です。大げさな文体からにじみ出る老夫婦の間にある情愛が愛おしい。
 三浦しをんのシリアスな作品は、虚無的で絶望的で救いのない感じがして苦手だったのですが、本作は、諦観のなかにもぽっかりと光が見えるようで、作家としてひとつ壁を越えた印象を受けました。こうやって、作家自身が先に進んでいこうともがくからこそ、「その時」にしか書けなかった今までの作品も意味があるんだなあと思うと、苦手だった『私が語り始めた彼は』や『むかしのはなし』を読み返してみたくなります。