桜桃の味 1997年イラン

桜桃の味 [DVD]

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 不思議な映画だった。
 何気なくテレビのチャンネルを変えていて、ふと映ったのが、一人の中年男性が「2回名前を呼ぶんだ、バディ、バディ」と言っているシーンで、そこからもう目が離せなかった。 
不思議というのは、そこまで惹きつけられる理由がはっきりしないから。ストーリーは、自殺志願の男性が、自分を埋葬してくれる協力者を捜すというだけで、ほとんど起伏がない(ように見える)。映像も、灌木がまばらに立つ赤茶けた採掘場をバックに延々と車が走っていくシーンが続くだけで、特に目を引くようなものはない(ように見える)。もし、この映画を見て、「退屈で10分で寝た」という人がいたとしても、同意するしかない。なのに私ときたら、ほとんど瞬きすら忘れて、映像に見入ってしまったのだ。
なんでだろう? と2,3日考え込んで、たぶん小説を読んでいるときのような、行間を読む楽しさ、があるからじゃないかと思い付いた。次から次へと物語が展開していく映像作品とは違って、退屈するような「余白」があることで、行間を読み解く時間的な余裕が視聴者に与えられているのだ。
この映画の登場人物は皆、饒舌ではないし、目立って個性的でもない。しかし、せりふの端々から、普段はどんな生活をしているのだろう、今までどんな人生を歩んできたのだろう、といろいろな想像を巡らせられる。特に、主人公の中年男性の造詣が深くて考え甲斐があった。ストーリーは、彼の視点で進むのだが、視聴者には、徐々に彼が傲慢で酷薄な人物だということが分かってくる。自殺を思いつめているのだから、余裕がないのは当然だろうが、あまりにも自己中心的すぎる。彼の自殺の理由は最後まで明かされないが、もしかすると、この性格のせいで孤独に陥ったからなんじゃないのとさえ思えてくる。そんなことを考えていたら、98分があっという間だった。
加えて、映画に流れる空気が、なんとも心地いい。イラン、クルドアフガニスタン…報道で聞きかじった戦争の影は感じられるものの(ただし、この映画が撮られたのは、9.11の前)、人々が懸命に働き、子供が遊ぶ、穏やかな日常がそこにある。しかも、砂埃の舞いあがる殺風景なはずの採掘場が、なぜか非常に「美しい」。
しかし、「行間を読ませる」映画は他にもあるけど、それらがすべて面白いかと言うとそうでもないのがやっぱり不思議。このキアロスタミという監督は、小津安二郎に影響を受けたそうだけど、私には小津映画はよく分からないんだよな…。

ところで、ときどきストーリーが急に飛ぶように感じることがある。プラスティック売りの青年に声をかけた後とか、物語のキーパーソンである老人を乗せるシーンなど、結構重要に思えるシーンがない。カットされているのかと思ったけれど、上映時間98分はそのままだから、やはり元からないのか。

始めから見たくて、レンタルして通して見た。やっぱり、「退屈なはずなのに面白い」不思議な映画だった。ストーリーにあまり関係ないけど、廃車で遊んでいた子供とか、脱輪した時に車を押してくれた老人の笑顔がやたら印象に残った。キアロスタミ監督には、子供を主人公にした映画があるそうで、見てみたいのだけれど、近所のTUTAYAには置いてないんだよなあ。