獣の奏者完結編

獣の奏者 (4)完結編
 上橋さんの作品は、読了するとひどく疲れる…というか放心してしまいます。
「野にあるものを野にあるように」エリンの単純な、美しい願いが、エリン自身とその家族をのっぴきならないところまで追い詰めてしまうのは、見ていて本当に辛かったです。しかし、どんなにしんどい境遇であっても、そこにはいつも、いっそ穏やかと言ってもいい日常の暮らしもあって、そういう確かなものに支えられて、エリンは生きていくことができたし、私はこの本を読むことができたんだと思います。
隠されたものを明らかにすることを恐れず、次々と扉を開いていくエリンには、憧れを抱く一方で、やはり恐ろしさも感じました。エリンがやらなくても、いつか誰かが開くものではありますが、エリンの選択や研究によって、命や身体の一部を失った人は確実にいるわけで…。最先端の科学者というのは、本人の自覚の有無にかかわらず、常に人間の倫理にさらされ続けているんだなあ、と思うと厳しいです。
 実は、私はエリンのことはもろ手を挙げて賛同できなくて、常に回避しようのない選択であったとはいえ、結局は自分の誓いを守れず、大勢の人の命や体の一部を奪うことになってしまったのは事実なんだよなと思っています。でも、エリンの氏族…霧の民の言葉を聞くたびに、そういう気持ちがひっくり返って、エリンの味方をしたくなっちゃうんですよね。たとえエリンがどんなに「間違って」いようとも、絶対に霧の民の言い分には「是」と言えない。そういう自分を発見して、ちょっとほっとしたのでした。