風の中のマリア

風の中のマリア
 「務めを果たす」というたったひとつの目的に殉じて、ひたむきに命を燃やす女戦士「疾風のマリア」の生涯と、「帝国」の興亡を描いた大河ロマン。久々に胸が熱くなる小説を読みました。恋をすることも、子供を産むこともなく、ただひたすらに獲物を狩り、闘う運命にありながら、己の使命に対して決して揺らがないマリアの凛々しいこと。また、慈しんでくれた姉たちや、可愛い妹たち、そして「偉大なる母」への深い愛情が、厳しい弱肉強食の世界と違和感なく同居しているところもよかったです。
 きりっとした文体だけでも物語に引き込まれてしまうのですが、これで主人公がオオスズメバチだというのだから、作者の力量に脱帽するしかありません。オオスズメバチの獲物となる他の昆虫も、それぞれキャラクターが立っていて、出会いのひとつ一つが深く印象に残ります。中でも最強のオオスズメバチを恐れさせたニホンミツバチの不気味さと、カマキリとの決闘が強烈でした。
 マリアに対して最初は厳しいかと思われた「偉大なる母」アストリッドの半生も、それだけで1冊の本になりそうなほど波瀾万丈で、わたしもマリアと同じように、息を呑んで聞き入ってしまいました。ハチの生態は、「個」を重視する人間の価値観からすると虚しいとも言えるでしょう。しかし、ゲノムを伝えるためのひとつのコマであろうと、命がけで使命に邁進する昆虫たちの「生」は、ヒトの価値観を吹き飛ばすような鮮烈な輝きに満ちていました。
 ハチと言えば、『獣の奏者』で養蜂の様子が詳しく書かれていたのと、本作と同じく実際の生態に即して擬人化していた秋山亜由子のコミックス(『昆虫家業』か『虫けら様』かは忘れましたが)を思い出します。特に秋山亜由子は、擬人化しつつ自然界の掟も忠実に描くところに、本作と脈を通じるものがあるので、本書でハチの生態に興味を持たれたら、一読をお勧め(スズメバチではなくて、ミツバチですが。蜂球のことも秋山さんの漫画で知ったのでした)。