あやとりの記

あやとりの記 (福音館文庫 物語)

 すごかった…!
 読み終えるのに2ヶ月かかりました。読み始めると、ゆったりと濃密に流れる作中世界の時間と同化してしまい、はっと気がつくと1時間経っていたのに十数ページしか進んでいない…ということが何回もありました。著者の紡ぎ出す、圧倒的な世界に飲み込まれて、時間の感覚が狂わされてしまったようです。
 あんまり濃密で窒息するかと思いましたし、手にとって読む度に打ちのめされるような感覚を味わいましたが、確実に特別な読書体験となりました。
 あらすじといったものはほとんどなく、3才の「みっちん」が、「すこし神様になりかけて」いる人たちや見えない精霊たちとともに、山と海に囲まれてすごす日常を描いたものです。みっちんの側にいるのは、ある「欠けたもの」のために普通の村人より「異世界」に近しい人々で、彼らとの交流が、温かさ、切なさ、哀しみなど複雑な心情をみっちんにもたらします。
 「日常」と言いましたが、豊穣な自然と、さまざまな「境界」を侵犯しつつ行き来する「ひと」びとは、現代都市に暮らす私からは、ほとんど「非日常」としか思えませんでした。あとがきに「九州の南の方」を舞台とした「昔の時間」の物語とありますが、時間的にも空間的にもかつて「現実」だったとは、にわかに信じられないほどの幻想空間を体感させられたように思います。随所に見られる南九州地方の方言がなんともやさしい、物寂しい雰囲気を醸し出しています。