すりばちの底にあるというボタン

すりばちの底にあるというボタン
 父親が失踪してしまった晴人は、叔父と祖母の暮らす「すりばち団地」に引っ越してきた。団地の底に、夢が叶うボタンがあると叔父から聞かされた晴人は、ボタンを探しているところを、クラスメートの薫子と雪乃に見つかってしまう。ところが、二人は、そのボタンは、押すと世界が沈んでしまう危険なものだと言うのだ。一方、晴人の祖母たちは、空洞化が進むすりばち団地に活気を取り戻そうと、事務所やショップの誘致活動を進めていた。祖母から夢が叶うボタンの話を聞かされた新住民たちには、ボタンを探そうとする者もいて、晴人たちは、なんとかしなければと焦るが…。
 世界を飲み込む穴と、それをふさぐために自ら栓となった少年という、あやしい都市伝説ならぬローカル伝説をめぐって、少年少女たちが謎を探っていくところは、「電脳コイル」を思い浮かべました。すり鉢状になった地形に建っている団地群という「場」が、不思議な魅力を放っています。伝説が、オランダの堤防少年に似ていて、最近作られたっぽいので、伝説の起源探しになるのかと思いきや、物語はあらぬ方向にずれていって、ちょっとあっけにとられました。復活した盆踊り大会の会場で、新旧の住人達たちが円を描いて踊り出したとき、まるですりばちの底をすりこぎで混ぜるように、過去と現在、現実と伝説、自分と他者が入り交じり、解け合うような現象が起こり、幻惑させられます。欲を言えば、この祝祭的な雰囲気を、もっとねっとり、がっつり、はじけた感じで盛り上げて書いてくれても良かったのに、と思いました。