119 氷の花たば

氷の花たば (岩波少年文庫)

氷の花たば (岩波少年文庫)

「メリー・ゴー・ラウンド」
 ジョンとマイケルの兄弟は、キャラバンのおばあさんからローマ時代の呼び子をもらう。夜中に吹いてみると、キャラバンのメリー・ゴー・ラウンドの馬たちが生きて動き出した。兄弟たちはおきにいりの馬に乗り、緑地を思うままに駆けめぐる。『はるかな国の兄弟』でも思ったけれど、イギリスの子どもにとって、馬というのは特別なあこがれのあるものなんだなあ。自分の気に入った美しい馬に乗るときの子どもたち(主に少年)の燃え上がるような喜びの描写に共通するものがあります。
七面鳥とガチョウ」
 雄の七面鳥と雌のガチョウがそれぞれのつがいを置いて、お城でのクリスマスを夢見て、農場を抜けだす。途中でブタやプラム・プディングを仲間に加え、城を根城にしていた泥棒たちを追い出して、宝物を食べ物たっぷりのクリスマスを過ごす。最後には、泥棒に盗まれたものを取り戻しに来た元の農場主の家に戻り、幸せに暮らす。「ブレーメンの音楽隊」と「猿蟹合戦」の猿退治の場面を合体させたようなお話だった。不倫カップルが駆け落ちするような出だしにちょっとびっくり。
「木こりの娘」
 ろうそくの炎から現れた金色のクマに頼まれ、イラクサ上着を編んであげることになった木こりの娘、チェリー・ブロッサム。やがて金色グマに惹かれていった彼女は、花嫁衣装のように白いサクラのドレスを縫いあげたとき、狩人に追われて傷ついた金色グマの呪いを解いて彼と結婚する。チェリーが優しさや実際的な気働きから行ったことの数々が、金色グマの呪いを解く鍵になっていたという筋立で、少し謎解きのような面白さがある。ロマンチストのお父さんと、堅実なお母さんがチェリーをいつも見守っているのもいい。
「妖精の船」
 船乗りの父さんを海岸で待つジョンは、海からサンタクロースがやってくると信じている。父さんが帰ってくるという日、トムは海岸で、24匹のネズミ水夫とアヒル船長の乗る小さな船から、クリスマスの贈り物を受け取る。父に抱き上げられたとたん、贈り物は消えてしまうが、父がそっくり同じものを持って帰ってくれたのだった。父さんは、トムの話を子守歌にして歌い、トムは自分が父親になったとき、子どもたちにその歌を歌って聴かせるのだった。素敵なお父さん! トム少年が、かんぜんむけつに幸福な可愛らしいお話でした。
「氷の花たば」
 吹雪で遭難しかけたトム・ワトソンは、ふしぎな男に助けられ、そのお礼に娘をあげることになってしまう。雪のように美しい娘に育ったローズは、やがて冬の化身である男を愛するようになり、氷の城に去っていく。結婚したあとも、ちゃんと子どもたちを連れて里帰りするところが、昔話と違っていますが、この世にあった頃から、ローズが半分あちら側のものであることが暗示されていて、全編通して神秘的な雰囲気のただよう作品。「氷の花たば」とは、ローズが冬の化身と3回スケートを滑ったときにもらった冬の薔薇と柊のリースと、オーロラのろうそくで作ったもの。婚約のプレゼントだったようだが、家を去るときに自分の思い出にと残していく。形見のようでものすごくさびしいシーンだった。
「麦の子 ジョン・バーリコーン」
 一人暮らしの年取った女の人が、ある日美しいイースター・エッグを拾う。その卵からは小さな子供が生まれ、ジョン・バーリコーンと名乗る。おばあさんの子どもになったジョンは、村の収穫に大いに貢献し、ひとりぼっちだったおばあさんに喜びと富を与える。しかし、収穫の祭りが過ぎると、姿を消し、その後は、麦が芽を出して収穫される間だけ、おばあさんの元に帰ってくるのでした。大地の女神の娘、ベルセフォネーのお話みたいです。
 『西風のくれた鍵』は、「忘却」の優しさと残酷さが印象に残る大人びた短編集でしたが、今回は自然の豊かさと侵しがたい神秘性が強く心に残りました。
 「訳者あとがき」に書かれている著者の生涯がすごいです。労働者階級に生まれながら、ぬきんでた秀才ぶりで奨学金を得て大学まで進学し、物理学を専攻します。その後、土木技師と結婚しますが、夫は自殺、残された息子を溺愛し「そうすることで息子を不幸にし」(さらりと書かれていますが、すごく怖い…)、自分は作家として数々の名作を発表したのでした。伝記読んでみたくなるなあ。