一瞬の風になれ 第三部 ドン

一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

 一人称で読者の気持ちを全くそらさず、最後まで書ききった。読後感はまさに「走り抜けた」という感じでした。
 野球や駅伝と違って、短距離は競技時間がとても短くて、あっという間に終わってしまいます。その一瞬の試合を文章にするとき、もちろんじっくり分量を書くことはできます。でも、著者は、その短さを文章量の少なさで伝えるという方法をとりました。なのに、中盤苦しくなるところとか、後ろから追われる焦りとか、先行者に届かない悔しさとか、いろんな気持ちがぎゅっと凝縮されて、ちゃんと伝わってきました。
 バトンパスがうまくできない後輩を指導するエピソードが興味深い。自分は言葉を信用していると言う主人公の台詞にすごく説得力があります。こういう言葉は、やはり大人になる前の少年が言ってこそ、とてもまっすぐ読者に響くと思いました。「最近の子どもは語彙が少ない」とか「他人とコミュニケーションとれない」とかいう言説が巷にあふれていますが、そういう「言葉」からは、未来もコミュニケーションも生まれてこない。すごく自己矛盾した言説だと思うんですよね。だって、子どもと徹底してコミュニケーションとって、少ない語彙から気持ちを読み取ろうとする人は、絶対にこんな「言葉」は使わないでしょうから。ついついそう思ってしまいがちな気持ちを、がつんとたしなめられたような気がしました。